東京大学物性研究所 附属中性子科学研究施設

neutrons.issp

Neutron Science Laboratory, ISSP, University of Tokyo
東京大学バナー(中)
投稿者 : kawana 投稿日時: 2019-10-23 09:38:33 (71 ヒット)

益田所員の研究グループは、静岡大学、東京工業大学、高エネルギー加速器研究機構 (KEK)Oak Ridge National Laboratory (ORNL)と共同で、フラストレート量子磁性体CsFeCl3の量子臨界点近傍で、位相揺らぎと振幅揺らぎの混成によるハイブリッド励起を観測し、その起源を解明しました。

 

物質の運動状態の研究は、電気抵抗、熱伝導、スピン流などデバイスの性能を左右する物性の基礎的理解に不可欠です。従来、運動状態については、位相揺らぎと振幅揺らぎがそれぞれ独立に研究されてきました。これらが混成した状態(ハイブリッド励起)は、熱電材料に関する現象報告のみで、磁性体や超伝導体などの系では、実験的検証はなされておらず、研究が遅れていました。位相揺らぎのみをもつ励起状態と振幅揺らぎのみをもつ励起状態が存在するとき、それらは中性子スペクトルにおいて観測されますが、その励起状態たちは交差します。しかし、両方を含む二つの励起状態がある場合、見知らぬものと仲間との両方が含まれていることを察知した励起状態たちは互いに譲りあって、よけ合うようになります。本研究では、圧力下での中性子散乱実験により、互いがよけ合うような中性子スペクトル、すなわちハイブリッド励起を観測しました。さらに、フラストレート量子磁性体に特有な非共線磁気秩序が位相と振幅を強くハイブリッドさせることで、一つの励起に二つの揺らぎが内包していることを理論的に示しました。これにより、圧力により運動状態がどのように変化するかを正確に説明することができました。

 

量子臨界点近傍におけるハイブリッド励起は磁性体のみならず、電荷密度波系、スピン密度波系、冷却原子系など自発的対称性が破れた系一般に存在しうるものであり、今後さまざまな系での検証が期待されます。また、運動状態の圧力変化から、量子臨界点をまたぐことでスピン熱伝導が大きくなることやスピン波の速さが大きくなることが予想されました。このことは、圧力による熱流やスピン流の制御の可能性を示唆します。

 

本研究成果は、物性研究所とKEKJ-PARCで運営する最新型チョッパー分光器と、物性研究所が日米協力事業によりORNLと共同運営する研究用原子炉の従来型三軸分光器の相補利用により創出されました。20212月に日本の研究用原子炉JRR-3が再稼働予定となっていますが、本研究のようなこれらの相補的利用が中性子散乱実験で非常に効果的であることも示されました。

 

この成果は、20191018日(米国東部時間)、Science Advances誌に掲載されました。

 

詳細は、原著論文もしくは物性研のプレスリリース記事をご覧ください。

プレスリリース

http://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=8912

原著論文

https://advances.sciencemag.org/content/5/10/eaaw5639


投稿者 : kawana 投稿日時: 2019-05-07 10:49:14 (247 ヒット)
東京大学物性研究所の萩原雅人博士研究員(現KEK特別助教)と益田隆嗣准教授らの研究グループは、鹿児島大学の真中浩貴助教らのグループと共同で、歪みのないカゴメ三角格子物質の磁気状態を観測することに成功しました。
 
三角形をモチーフとするスピン・フラストレーション格子では、数多くの安定状態が存在し、どのような状態が実現するかは自明でないため、大変興味を持たれています。このような研究では、格子歪みはフラストレーションを解消させ、分かりやすい形の状態が実現するため、歪みのない物質で研究を行うことが重要です。CsCrF4は、ヤーンテラー不活性なCr3+イオンが正三角形チューブを形成する物質(図1(a))として見いだされ、熱力学量の測定からはスピン秩序は存在せず、朝永・ラッティンジャー液体の可能性が指摘されていました。
 
今回、研究グループでは中性子回折を用いてミクロな磁気状態を観測することを試みました。その結果、予想に反して中性子回折プロファイルに磁気ブラッグピークが観測され、スピン秩序が存在することが明らかになりました。このことは、正三角形スピンチューブ間の弱い相互作用が安定状態の決定に重要な役割を果たすこと(図1(b))を意味します。結晶構造を見直すと、CsCrF4はカゴメ格子に三角形状の次近接相互作用を入れた“カゴメ三角格子(図2)”のモデル物質であることが分かります。実験で得られた中性子回折プロファイルを解析すると、三角形の頂点上のスピンのなす角度が120度となる構造(図3(a))であることが明らかとなりました。カゴメ三角格子の安定状態の計算を行ったところ、チューブ間相互作用のほかに、ジャロシンスキー・守谷相互作用と単イオン異方性を考慮することにより、実験で観測されたスピン構造が再現されました。これらにより、歪みのないカゴメ三角格子物質の磁気状態を初めて実験的に明らかにしました。
 
さらに詳細な中性子回折実験を行ったところ、2.8Kと3.5Kの間の狭い温度領域でスピンの大きさが変調するような新しい120度構造(図3(b))が存在することが明らかになりました。このことは、CsCrF4では複数の安定相が拮抗しており、微妙なエネルギー差により最安定相が選ばれていることを意味します。計算によると、立体的なスピン構造であるキューボック構造などが隣接する安定相として存在しており、圧力などによるパラメータ制御により多彩な相が出現することが期待されます。今後は、NMR、ESR、中性子非弾性散乱など様々な手法による有効スピンモデルの構築や、圧力・磁場等の外場による新しい状態の発見が期待されます。
 
本研究成果は、2019年4月23日に学術誌"npj Quantum Materials"にオンライン掲載されました。
 
"Magnetic states of coupled spin tubes with frustrated geometry in CsCrF4"
Masato Hagihala, Shohei Hayashida, Maxim Avdeev, Hirotaka Manaka, Hodaka Kikuchi, and Takatsugu Masuda,
npj Quantum Materials 4, 14 (2019)
 
図1:CsCrF4の結晶構造。(a)Cr3+イオンが結晶学的な軸方向に正三角チューブを形成している様子。(b)三角チューブ同士が弱く相互作用(J2)している様子。
 
図2:カゴメ三角格子。図1(b)のJボンドを大きくし、J2ボンドを小さくするとカゴメ三角格子になることがわかる。
 
図3:CsCrF4のスピン構造。(a)2.8K以下で出現する最安定構造。(b)2.8 Kと3.5 Kの間で出現するスピン構造。スピンの長さが変調している。

 


(1) 2 3 4 5 »